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期待される温泉地像(2006年05月21日)

キョクチョウです。(苦笑)

先日、某温泉協会の総会で講演の依頼があった。留守にしていたため、メールを見ていなかったので、急いで返送すると、翌日折り返し電話があって、テーマの決定となった。一瞬にして、浮かんだテーマが、「期待される温泉地像」。バックには、中教審(かな?)の「期待される人間像」があった。言葉を変えれば、温泉地に期待するものだと思う。

振り返れば、日本の温泉地は、観光地の代表選手だった。特に高度経済成長期においては、その実力を発揮し、熱海、伊東、別府など、温泉観光都市まで登場したのである。

しかし、安定経済成長期以降は、国民の観光志向の変化(海外旅行の伸張など)で、旧来型の温泉地の大半は、停滞又は衰退を余儀なくされたのである。

そんな訳で、我々は、現在、温泉地に何を期待すれば、良いのだろうか。

温泉地であれば、やはり温泉(湯)だと思う。この湯が、昨今、色々と問題を投げかけている。ニセモノ温泉とか、入浴剤混入温泉などである。
世の中、源泉かけ流しの温泉が一番だと言う風潮がある。これは、某温泉教授が流した風説だが、循環温泉は一体どこが悪いのか。むしろ清潔かもしれない。
温泉マニアの世界では、源泉かけ流し、しかもじか湧き温泉に興味を示すかもしれないが、普通のヒトは、それほどこだわりはない。

要するに、温泉の情報公開が大切である。何も隠す必要はない。正直に情報を発信すれば、良いと思う。
温泉分析書をみると、泉温とか、湧出量などを隠して非公開の温泉施設がある。素直に公開すれば、良いと思う。

湯の次は、湯(温泉)+αである。観光の意義には、色々とあるが、温泉地は、ヒーリング(癒し)に徹底すれば、良いと思う。環境、料理、温泉施設など、+αを通して、ストレス社会の方たちに対して、癒しの場が提供できれば、と思う。これぞ「新湯治」であって、温泉本来のあり方、原点に変えれば、良いと思う。

そこで、提案だが、共同湯に源泉かけ流し浴槽を設置することは可能だろうか。保健所の規制があって、難しいと聞いたが、温泉地活性化のために、ぜひ実現したいものである。
入浴客が殺到したら、困ると言う、意見もあるが、出来ないという発想ではなく、どうすれば、出来るかの精神が大切である。出来ない、出来ないでは、何の進歩もない。出来ないことを出来るようにしてこそ、夢を売る観光産業ではないだろうか。

さーて。
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by spalove | 2006-05-21 10:34 | メッセージ